異文化理解の前提として存在するものは、「日本の文化や慣習をどれだけ知っているか」であろう。日本人は「黙っている、あるいは一単語だけ」で話の主旨を相手にわからせようとする。婉曲的な表現は一部の地域にあるとしても、外国でも自国内でも「言いたいことははっきりと言う」ことが重要であると見なされるようだ。自国内の慣習、海外の慣習の両方を理解しておくことで、異文化コミュニケーションを円滑に行うことができるようになる、ということだ。
イスラム教文化をいくら語られたと言えども、日本にそもそも「宗教掛かった文化」があまり存在しないことが、他宗教に対してどのような疑問を持てるかが分からない理由である。より密接に他宗教を知るにはどのようにしたらよいか。イスラム教ルールは、学校である苦手な科目の単位をとれないと卒業できないことと同じ(つまり嫌な慣習ルールがあっても、それは神が決めたこと)だとか、相続ルールに日本と類似するものがある、という風に共通点を見出すことがヒントになる。
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